■2026年8月3日(月)
■一日一文章トレーニング。

「今日は雨も降って過ごしやすいお天気」

私はベランダの植物たちの葉っぱに溜まる雨水を眺めながらこの雨水を何に例えるべきかと考えている。
そして、コーヒーを啜る手元も狂い茶色い液体を机の上にぶち撒ける。
「あーあーやってしまった」~なのだ~。
コップはスローモーションのように転がりキーボードの上にコーヒーはぶち撒かれ、私も固まる。
もう外の植物の葉っぱの滴どころの話ではないもので、私はティッシュで拭き拭きとパソコンを持ち上げて茶色い液体を机に上に落とす。
「先ずは電源がショートしないように」と電源ボタンを押して一旦電源を落とす。
けれども、マウスやキーボードに触れる度にモニターは起動して、濡れたパソコンを手に持ち電源を押したり画面が点いたりと一人一役のわけのわからぬ大騒動を起こす。
しかし、最近のお・パソコンとはドリンクを弾く仕様なのか?急ぎ応急処置も良すぎたのか?キーボードの中に1滴のコーヒーも入っていなかった。
「セーフ」
キレイに拭き取っても何もベトベターも無き無糖のコーヒーが良かった良かったでパソコン被害は皆無であった。
そして、コーヒーは週末に描く迷画にも飛散しているもので丁度BADなウィンクの頬の部分を茶色く染める。笑
□V□画は何だかキャッチャーのようでもあり、何でBADとIFなのかもわかりませんが角から文字が生えるとすればそのような文字だ。

そして、外には心地よい雨が降り部屋の中ではコーヒーが降って今日は心地よい曇り空。

私はどちらかと言うと昔から飲み物をぶち撒けることも多い人生だ。
自分のまわりの親や大人たちは飲み物もぶち撒けたりこぼしたりしないもので、当然、私も大人になれば自然とそのように何もこぼさぬ大人になると思っていた。
ですが・・・現実とは酷なもので三つ子の魂は百まである。
いつも何かをやらかしている感じで本当に「面目ない」気持ちでイッパイで、何かをぶち撒いた時にはいつもしっかりとした飲み物管理を心に刻む。
そして、時もたてばキレイさっぱりに忘れる。
大人の流儀とは少し厄介事なようで、面目とは「めんもく」と読むものですが口頭で「面目無い」言えば「めんぼく」と言う・・・と、そのような大人は理由もわからない話にすり替える技術も持っている。
本当に人がこぼすと、「これ、集中力が散漫だ」とか「ほら、落ち着きがない」とうるさきものでコーヒーや液体をぶち撒いた時にこそ人間性は出る。
私が何かをこぼすと「あれっ?」と借りてきた猫のような感じで、とりあえず、面子もどうのこうのとただただ面目無く思う。
そもそも、猫のことはよくわからないけれども普段と違い大人しくしている猫とは恐らく単に周囲の様子を伺っているだけの猫とも考えられる。
なので、私もこぼした部分とこぼれた周辺が気になる感じで猫をかぶる。
「面・めん」とは時に「つら・顔」とも読むもので、「面当て(意地悪なあてつけ)」「面構え(顔つき)」「面魂(顔つきに現れ出る強い心情)」「面の皮(顔の表皮)」「面汚し(名誉を汚すこと)」とコーヒーをこぼした時にこそ、こぼした人とそのような光景を見た人の本性は「面・つら」として体現されるのかな。
かと言って、優しく笑顔で「大丈夫?」とすり寄って来れば何だか胡散臭い。
かと言い、横目でちらりと何事も無かったように「私は一切かかわりありません(ビシッ)」の知らんぷりも、また、何かしらの人間性を表すようでわかりやすい。
このコーヒーやドリンク類をぶち撒く時には人間性という本性が試されているのでデス。
あーからおーのあー面(めん)、おー面。

 
■2026年8月3日(月)
■はぁ~。

■2026年8月4日(火)
■一日一文章トレーニング。

「マジックハンドで蝶々を撃退する」

今朝も窓を開けると涼しくて気持ち良い。
夏休みの朝とはやっぱりこのような朝だよねと、今年の夏は溶けるように暑い夏が通り過ぎると過ごしやすい夏もやって来る。
私は大豆を蒸して、麦茶も2番茶まで作り、ベランダの植物たちにも水も撒き、自由研究の観察も行う。
その研究とは先日イモムシに葉っぱを食い散らされた謎の柑橘系植物に虫がついていないかと凝視するもので成長具合も一応確認している。
柑橘系の植物はゲリラ豪雨の後に禿山のように新芽や葉っぱをイモムシに食い散らかされて無惨な姿となる。
そして、最近は新芽もわらわらと息吹くもので短時間で元の姿を徐々に取り戻す。
私は葉っぱに悪い虫はついていないかと毎朝探すもので余計な仕事も増える。
この謎の柑橘系植物の成長話はほんの3~4日の出来事で、食い散らかされた葉っぱももうわからないぐらいに急成長する原動力とは何であろうか?
1)気候が良い。
2)雨もたっぷりと降ることも良いかも。
3)私の予感では煮出した茶カスを撒いたことで成長のスイッチも入ったような気もする。
お茶の葉は使用済みのパーで捨てずに乾燥殺菌したものを撒いている。
お茶の葉っぱを撒いた直後から新芽がわらわらと出てきたので何かの刺激となった予感もする。
私の認識では茶カスとは一種の発酵した落ち葉みたいなもので土に還そうとする企みの一つでもある。

そして、

週末にはひらひらとアゲハチョウが謎の柑橘系植物に飛んでくるのを見つける。
私は「見つけたゾー」と蝶々を追い払うもので、去年も今年もアゲハチョウの幼虫被害を受けている。
なので、我が家にやって来る蝶は蜜を吸う蝶では無く、イモムシの卵を産むような蝶である。
私はイモムシの卵を産もうとする蝶を手で断固拒否と追い払い、蝶はひらりひらりと私の攻撃をかわしながら執拗に柑橘系植物の上を旋回して隙あらば葉っぱの上に止まろとしている。
人間が追い払っても飛んで逃げない蝶とはどのような蝶々なものかなと思うもので、もしかしたら、運悪く卵が出そうな瞬間に私に見つかった蝶かもしれない。
私はこの柑橘系の植物の葉っぱの上に絶対に止まらせないようにひたすら蝶を追い払うもので、そのぎこちない手の動きはまるで8ビットゲームのようだ。
それにしても、新芽が生えて来たならばすぐに飛んでくるアゲハチョウの情報源とは一体何であろうか?

ちょうちょちょうちょ謎の柑橘系に止まらないで・・・と「蝶」と「蝶々」「ちょうちょ」の違いも気になる。
そして、何もわからない。

私は素手でアゲハチョウを捕まえるのは気持ち悪いのでマジックハンドを取り出して、その棒を振り回しながら蝶を追い払う。
しかし、逃げない。
なので、鳥になった気分でマジックハンドをカチカチと蝶を掴もうと試みると、蝶はやっと驚いたのか空高く舞い上がり隣の家のベランダ方面に逃げる。
「オレはやったー蝶を追い払ったー」のである。
葉っぱの上に卵を産んでいないかと葉の表裏を細かく確認していると、暫くして再びひらひらと蝶は飛来するもので再び私のクチバシ攻撃で追い払う。
私は新芽を守る為であれば容赦はしない!
そして、大都会東京は広しと言えどもマジックハンドで蝶と格闘している人とはそうそうにいないもので、マジックハンドとは何用にも活用出来る。

蝶はひらひらとベランダの端っこに飛んでいき、絶対イモムシでも食べられないような固い葉っぱの観葉植物に止まり何処に飛び去る。
謎の柑橘系植物の葉っぱは死守したものの、卵はその固い葉っぱに産みつけたかもしれない。
夏のホラ話としてはその固い葉っぱの観葉植物のあった場所は少し前まで葉っぱを食い散らかされた柑橘系植物の鉢を置いていた場所である。
私が悪い虫がついていないかと確認しやすいように鉢を移動したもので、つい先日まではその場所にあった。
蝶はそのような空間把握もしているような動きで少しホラーだ。
果たして蝶に知能があるのか否かで、昆虫に記憶がなければ柑橘系の残り香や微かな化学物質のような気配を感じたのでしょうか。
とりあえず、アゲハチョウの幼虫は謎の柑橘系植物の葉っぱが好きなようで蝶もそれを狙って卵を産むもので、その辺にはもっと大きな柑橘系植物の樹木もあるのでそちらの葉っぱを食べて欲しい。

 


*デスクトップ画面用の画像です。
■2026年8月4日(火)
■つぶらなナットーだね☆